令和3年4月26日(月)~30日(金)、上京区役所にて「京の五節句と年中行事-端午の節句-」が開催されました。
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主 催:京の暮らしの文化普及啓発実行委員会、上京ふれあいネット運営協議会
協 力:いけばな嵯峨御流 石川利佳甫、京人形司大橋弌峰、国定織物株式会社、テラヲ貸物店、京甲冑工房武久、御菓子司緑菴、フラワーデザインimage、 ハンドメイド299屋、be京都
本事業は、令和3年度 文化庁文化芸術振興補助金(地域文化財総合活用推進事業)の助成を受けて実施する「京都の地域文化財総合活用推進事業」の一部です。
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5月5日は、五節句のうちのひとつ「端午(たんご)の節句」。奈良時代に中国から伝わりました。
五節句は、同じ奇数が重なる5つの日のこと。古来、陽(奇数)が重なると陰が生ずるとされ、節句の日には邪気祓いの行事が行われてきました。一月のみ七日ですが、一月七日(人日)、
三月三日(上巳)、五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)を言います。
十二ヶ月図屏風より 五月 薬玉と官女 月岡雪鼎 滋賀県立琵琶湖文化館
旧暦の5月は雨期で悪病の流行る時期でもあり、香り高い菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)で厄払いをしました。
宮中で用いられたという史実にアレンジを加え、「薬玉(くすだま)」も展示いたしました。 薬玉とは、麝香(じゃこう)や沈香(ちんこう)などを玉にした香袋と、菖蒲や蓬を添えて五色の糸を垂らして御簾や柱につるし、邪気払いと長寿を祈願します。祝い事で用いられる薬玉はこれに似せて作ったものです。
江戸時代には、菖蒲が、尚武(=武道・武勇を重んじる)と同じ読みとなるため、武家の行事となりました。端午の節句の飾りには、こいのぼりなどの「外飾り」と、鎧・兜・武者人形などを飾る「内飾り」があります。5月5日の端午の節句に飾られることから五月人形と呼ばれます。
室内に人形が飾られるようになるのは江戸初期頃から。
江戸時代中期には、支柱に支えられた兜、弓矢、のぼりなどが通りに飾られました。
日本歳時記 貝原好古 京都学・歴彩館(京都文化博物館管理) 江戸時代(1688)
のぼりには鯉の滝登りが描かれ、のちに発展して鯉のぼりとなりました。
展示は、芸舞妓さんの帯に用いられている図案ですが、端午の節句をイメージし、荒々しい波や鯉を選んでいただきました。
今出川通からも見えるように工夫していただき、西陣織の上品で華やかな様子に魅了されました。
また、五月五日に粽を食せば邪気を祓えると考えられていました。粽の歴史は古く中国故事に由来します。
平安時代は真菰(まこも)の葉に米を包み、灰汁で煮た後、蒸していました。『伊勢物語』にも五色の糸で飾った「飾り粽」を贈答していたことがしるされています。お菓子となるのは江戸時代中期以降。
五月飾りとともに粽や柏餅も飾られるようになりました。柏餅は子孫繁栄の縁起があるとされる柏の葉を使います。京都では白味噌を使った味噌餡の柏餅もみられます。
細部にまでこだわる伝統の技に気品を感じました。
兜には北山杉やブルーの組紐など、これまでにはない新たな挑戦や医療従事者へのメッセージも込められました。
男の子の誕生と成長を祝い、家の繁栄を願う重要な行事として今に伝わっています。
脈々と受け継がれてきた京の歴史や文化にふれ、後世に残す貴重なひとときとなりました。
参考)過去カミング記事「端午の節句の伝統行事、軒菖蒲(のきしょうぶ)を体験しましたー」
岡元麻有
会場コーディネートをお手伝いさせていただきました。上京区は伝統文化と新しい取り組みがほどよく調和するまちだと思います。素晴らしい歴史、文化、そして職人さんの技を目の当たりにすることができるチャンスをどんどんつくっていければと思います。そして、暮らしの中に伝統や文化がとけこみ、区民の皆様の心の癒しや可能性、新しい気づきにつながると嬉しいです。