西陣地域にある町家に写真事務所を構える石川奈都子さん。今回は路地のある町家での暮らしや、事務所を開放して主宰する環の市についてお話を伺いました。
大阪出身の石川さんは、上京区にある染色作家に弟子入りしたのを機に、1993年に京都に移り住みました。働き始めて1年ほど経ったある日、工房の先生から西陣の「三上家の路地」にある長屋建ての1軒を借りられそうだと教えてもらいました。
呉服屋を営む古い町家で生まれ育った石川さんにとって、部屋を区切ったりつなげたりすることで空間に自由が生まれる引き戸のある家は、冷蔵庫や洗濯機などの置き場所や間取りが決まっているアパートよりも魅力的で、「町家で暮らしたい」と思っていた石川さんはすぐに足を運びました。石畳が敷かれた路地と町家の景観に魅かれ、「家の中は壁を壊しても、何色に変えてもいい。それを次の人が気に入ってくれたらいいから」と話す大家さんの大らかさが嬉しくて、その場でアパートから町家への引越しを決めました。
住み始めた当初は、石川さんと高校生が町内のチームの一員として区民運動会に出たら3位になったというほど、子どもや若い人が周りに住んでいませんでした。作家活動をする若い人たちが近辺に暮らすようになると、西陣の町家は徐々に注目され、テレビや雑誌、新聞に取り上げられるようになりました。今では西陣を特集された雑誌を手に散策する人もいれば、家族で越してくる人も増えて、「子どもの声が聞こえる賑やかなまちになりました」と石川さんは話します。
石畳のある路地の風景や、2階の部屋から路地越しにお向かいさんと話す時間など、路地のある暮らしに親しみを感じていた石川さん。結婚して子育てをするようになると、車も入らないほど幅が狭い路地は家の延長のように安心して過ごせ、夏には路地にプールを出して水遊びをしたり、同じ路地に暮らすご近所さんに声をかけてもらったりできる路地のありがたさを改めて感じたそうです。
また、石川さんは、子育てを通じて親しくなった人たちと一緒に、2015年から「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけるような社会があればいいな」と「環の市(かんのいち)」を開き、9年目となる今も3ヶ月に1度のペースで開いています。
2022年9月に開かれた環の市を訪れると、玄関で靴を脱いで上がるからか、まるで知り合いのおうちを訪れるような、アットホームな雰囲気が会場を包んでいました。この日は、素材にこだわったお弁当やパン、お菓子、ワインを始め、藁や椰子の葉で作ったオーナメントや器、マッサージ体験など11の出店があり、入れ替わり立ち替わりお客さんがやってきて、出店者とお話しながらお気に入りのものを見つけていました。「インスタグラムを見て一度行ってみたいと思っていた中、ようやく仕事の休みと重なったので来られました」という初めてのお客さんもいれば、「身体に良く、こだわりを持った出店者さんに出会えるのが好きです。環の市の時にしか出会えないお店が集まっていて楽しいです」と定期的に開かれる環の市を楽しみにしているお客さんの姿もありました。
最近は、環の市から徒歩8分の距離にある「ベジサラ舎」での「ベジサラ市」も企画、同時開催していて、二つの市をハシゴする楽しみもできたようです。
大学で美術を学んでいた頃から、彫刻や絵画を学ぶ友人に身の回りの家具や器を作ってもらうなど、手づくりのものや、思いが伝わってくるものに愛着を感じていた石川さんは、子どもが生まれると、口にするものや肌に身に着けるものを選ぶ上で自然に優しく健やかな暮らしをもっと大事にしたいと思うようになりました。その思いが、「地球にも心にもからだにも優しい暮らし」と謳う環の市に表れています。「乳飲み子のような赤ちゃんを連れてくる人たちが、例えば石鹸選び一つとっても気軽に相談できるような、暮らしの知恵を分かち合えるような場になったらいいなと思います」と話す石川さんの思いは、環の市の来場者や出店者と共有され、居心地の良い雰囲気となって町家全体に広がっていました。
亀村佳都
京都市まちづくりアドバイザー
西陣に暮らしていた祖父母の家が路地の奥にありました。路地を囲む家々の子ども同士でおもちゃを広げて遊んだり、すいかを食べたり。開放的でありながらも見守られている安心感は、路地暮らしの良いところだなあと思います。