今回の取材先は『奏絲綴苑(そうしつづれえん)』の平野喜久夫さんです。平野さんは西陣織の中でも歴史が長い「西陣爪掻本綴織(にしじんつめがきほんつづれおり)」(通称:綴織)の伝統工芸士で、とても気さくな方でした。取材中もお話の端々に冗談を織り込んで話され、大変楽しく時間があっという間に過ぎ去ってしまいました。
――綴織とはどのような織物ですか?
「綴織は『織下絵』という原画に合わせて染め糸を用意し、爪で掻(か)いて織っていく織物です。そして、他の織り方にない大きな特徴的な技法が二つあります。一つは『割り杢(もく)』という技法で、作品に奥行きやグラデーションを表現するために2種類の単色糸を用意し、それぞれの糸を縦に裂いて、半分の太さになった糸どうし2色を新たに綯(な)って中間色の糸を創り出すことです。もう一つは『爪掻(つめがき』という技法で、中指の爪をぎざぎざに削り、爪を道具として使っています。織り方としては、一つの絵柄単位で織るため水平に一段ずつばかりではなく、積み木を積み上げるように順に織れるところから織っていきます。」
――いつからこの仕事をされているのですか?
「私の場合は小さいころから、家の手伝いとして自然に仕事に関わっていましたね。だから、振り返ってみても、もうずっとこの仕事一筋という感じです。家を出てからは、自分なりの表現を探してきました。ただ何となく織下絵通りに織るだけじゃなくて、見た感じをどうしたら織物で表現できるか、原画を描く画家が色使いに気を使っているように、私は織物職人としてその色使いをどう上手く“糸使い”(表現)を工夫するかを考えてきました。その中で、糸の太さや割り杢で創った中間色にこだわりを持ち続け、効果的な表現をするという工夫を身につけて参りました。それが今もこうして仕事を続けられていることに繋がっていると思います。」
――平野さんのこだわりでもある“糸使い”にはどんなものがあるのですか?
「例えば、本来綴織では経糸(たていと)が見えないように緯糸(よこいと)で包み込むように隙間なく織っていくのですが、緯糸の表情をみせるために、あえて出来上がった作品の背景と経糸の色を合わせ、経糸を背景と同化させて緯糸だけが目立つ状態になるよう、隙間をわざと空けさせて織った作品があります。」
「今まで表現を変える織り方では色を変えるだけだったり、織る技法を変えたりする方法があったしそのように発展してきたけれど、私は出来上がった作品の表現を進化させることも『織物の進化』だと言えると思うんです。そうした発想は昔の経験から生まれてきていますね。いわば織物職人はリレーのアンカーを担っているようなものなので、昔若いときに他の職人と交わした言葉を今思い出して表現に活かしています。」
――「織物職人がリレーのアンカーみたいだ」とはどういった意味でしょうか?
「一つの作品が出来るまでにはいろんな職人が関わっています。まず糸を染める職人から始まり、織下絵を作る絵やデザインを担当する職人がいて、そして最後に糸と絵をひとつにする工程を織物職人が手掛けます。そうやって、それぞれの過程でその道を探究し続けた職人たちの感性を生かした表現を最後に受け取っているので、私は織物職人が作品のアンカーだと思うのです。最後は自分本位で織るしかなく、どこまで作品を繋いでくれた職人たちのイメージを表現できるかは、自分の腕にかかっています。出来上がった作品に対しては自分の感性を信じて送り出しています。」
――なるほど。最後に『奏絲綴苑』という名前にしたことに理由はあるのですか?
「『奏絲綴苑』の名前にはこんな意味を込めてつけました。『奏』には織っている時に爪で糸を弾くのでお箏のような音が工房内に奏でられるんですよ。その様子を表しました。次の『絲』に糸を二つ使っているのは、縦と横の2本の糸を表現したかったからです。そして『綴』は綴織のことで、そこにみんなが集う場所ということで『苑』にしました。」
――素敵な由来が込められた名前ですね。ありがとうございました。
上七軒工房では織り機がたくさんあり、趣味で織りに来る方から職人を目指している方まで幅広く訪れているそうです。また、綴織の体験も行われており歴史ある綴織に気軽に触れあえる場所になっています。私も少しだけ織らせてもらったのですが、ものすごく楽しかったです。そして、自分で織り機を動かして徐々に積み重ねられていく糸を眺めながら織っていると、なぜか段々と心が落ち着いていく感覚と出来上がっていくことに対する心躍る感覚の二つが同時に襲ってくる不思議な感覚に陥っていて、気づけばいつになく集中して織っていました。また時間を見つけて今度はイベントに参加してみたいです。
*「奏絲綴苑」サイト
http://soushitsuzureen.com/
綴織体験を申し込むことができます。
越野友香梨
京都府立大学の越野です。大学では社会学や心理学など人間関係の形成に関することについて興味があり、日々勉強しています。天気が良い日にはよく学校の横にある京都府立植物園に出掛けて過ごしています。訪れる度に様々な草花や木が見られるので季節が感じられ面白く、毎回楽しんでいます。
布山雅裕
立命館大学 文学部 都ライト実行委員会 副代表